理事

モハメド・オマル・アブディン
Mohamed Omer Abdin
モハメド・オマル・アブディン
【経歴】
1978年、スーダンの首都ハルツーム生まれ。 幼少期から徐々に視力を失い、12歳には文字の読み書きが出来なくなると同時に、 スーダンの国民的スポーツであるサッカーを通じた近所の子供達とのコミュニケーションの機会を失う。 ハルツーム州の小・中・高等学校を経て、96年ハルツーム大学法学部に入学。 その後1998年1月20日、国際視覚障害者援護協会の招聘を受け来日。 同年4月から2001年3月まで福井県立盲学校高等部理療科専攻科にて鍼灸マッサージを専攻。 それらの勉強と並行し、2000年に日本語能力試験1級を取得。 またこの間に点字と出会い、10年ぶりに自力で本を読む楽しみを取り戻す。 2001年3月に同校を卒業。 鍼師・灸師・マッサージ師国家資格を取得。 同年4月から筑波技術短期大学情報処理学科に入学。 ここでコンピューターと画面音声読み上げソフトの使用を習得。 他者の力を借りて勉強していたそれまでと異なり、自らの力で情報を集め、発信して他者と共有する手段を得る。 またこの時期、失明前の幼少期に慣れ親しんだサッカーの練習を同大学の体育の授業で提案したことから、視覚障害者が参加できる「ブラインドサッカー」との出会いを果たす。 2003年同課程を中途退学、同年4月から東京外国語大学外国語学部日本課程日本語専攻に入学。 一方で、発明から180年経った現在でもスーダン国内で点字が普及せず、大学はおろか初等教育にも参加できない母国の障害者の現状を当事者として危惧し、この時期より母国スーダンの視覚障害を持つ子どもたちへの点字学習支援を開始。 2005年から視覚障害者サッカー普及活動を母国で開始。 2006年9月4日付朝日新聞朝刊「天声人語」欄において、これらの障害者支援活動が紹介される。 2007年に同課程を卒業。 同年4月から同大学大学院地域文化研究科国際協力専修コース平和構築・紛争予防コースに入学。 また同年3月、任意団体「スーダン障害者教育支援の会」を立ち上げた。 2008年3月4日、同団体はNPO法人として認定を受ける。 2009年3月に修士課程を終了。同大学の総合国際学研究科の博士後期課程に入学。2013年5月 ポプラ社から「わが盲想」を出版。2014年9月10日 博士号取得。2014年10月〜2017年3月まで東京外国語大学 世界言語社会教育センターにて特任助教の勤務を経て、2017年4月1日に学習院大学にて法学部政治学科の特別客員教授に着任。
【活動】
2008年現在でも、スーダン国内の視覚障害者は依然として耳学問(他者による音読での勉強)に頼ることを余儀なくされている。 しかし耳学問には本の読み手が必要であり、自由に本を読めないことが勉強する上での大きな障壁となっている。 そこでこの障壁を克服した当事者の一人として、日本で得た情報や経験を元に、母国の視覚障害者の教育環境整備に力を入れることを強く決意した。 草の根の支援から始まったこの活動は、のちに任意団体という形を経てNPO法人格を取得。 当事者としての強い思いを胸に、当人は理事長の役職へ就任する。 初めは筑波大学の学生と共に学園祭でジュースを販売し、得た売り上げ金によって点字板を購入し現地の子どもたちへ送る活動を行った。 しかしスーダンの深刻な状況に対して行われる単発的な援助の限界を痛感した結果、持続的な支援を行うために組織を立ち上げる必要性を認識。 同じ思いを共有する学生や障害者仲間を中心に任意団体「スーダン障害者教育支援の会」を立ち上げた。 この団体は2008年、内閣府の認定を経てNPO法人となる。 現在までにハルツームの子供たち約300人へ点字板を贈ったほか、ハルツーム大学の「障害を持つ卒業生の会」と連携し、同大学にスーダン初の障害者情報教育支援センターを立ち上げるべく精力的に活動している。 またスポーツとしてだけではなくコミュニケーションツールとしての重要性を持つサッカーにも焦点を当て、障害者スポーツの認知度を上げるためにブラインドサッカー普及活動の一環としてボールの贈呈やワークショップを開催している。 主に紛争面に焦点が当てられるスーダンのニュースの中では、社会的に弱い立場に置かれた人々の現状や声が取り上げられることは非常に稀である。 日本人・スーダン人・健常者・障害者を交えた個人的な人間関係から発展した草の根国際協力を率いる身として、 今後も当事者の声を代弁し、彼らが真に人間的な人生を送る手助けをするために、進んで発信する活動を続けていく。

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